これは、わたしの父方の祖父が亡くなった時の話です。祖父は、こだわりの強い人で、長男である私の父が何度も一緒に暮らそうと提案してもかたくなに一人で生活をしていました。わたしたち孫にはとても優しく、言葉数は少ないですが、いつも笑顔で接してくれる方でした。そんな祖父は、若いころトンネルなどの工事をしに単身で働いていて、その間に妻、私の祖母にあたる方を自殺で亡くしました。そこからはずっと孤独な独り身生活。
そんな祖父が亡くなって、キリスト教の熱心な信者であった祖父の大阪での葬式は通夜は行わなかったのですが、葬儀にはたくさんの人々(親戚からシスターたちまで)が参列してくださりました。
無事、葬儀も終え、待っているのは遺産相続です。父は三人兄弟の末っ子ですが、唯一の男だったので、長男。あとの二人のおばさんは、長女と次女です。三人兄弟はとても仲が良く、絆を感じられる場面も子供ながら見てきたので、今回の遺産相続もなにもいさかいの起きることなく終わるものだと思い、私と姉と母は話し合いに出かけた父の帰りを待っていました。ですが、その結果は思いがけないものでした。祖父の家と土地は、長男である父が継ぐものだと私を含め、死んだ祖父も思っていたことだと思います。ですが、実際に家と土地を継いだのは長女の叔母でした。叔母はそのあとすぐに家をリフォームし、今はもう、知らない人が住んでいます。叔母はそれで副収入を得ているわけです。
父が言います。
「祖父の家の前を通るのがつらい」と。
父には何十年もの間、親は祖父しかいませんでした。まだ21歳だった私には、そんな父に駆ける言葉も見つからなかったのです。